東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1351号 判決 1974年4月19日
原告
佐藤め子
ほか六名
被告
日原健造
主文
被告は原告佐藤め子に対し金八四万五、五〇一円、その余の原告らに対しそれぞれ金一一万八、四九九円宛及び右金員に対する昭和四四年一〇月四日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。
この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告ら)
一 被告は原告佐藤め子に対し一六四万六、〇六三円、その余の原告らに対しそれぞれ三一万五、三五四円及び各金員に対する昭和四四年一〇月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
(被告)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
(請求の原因)
一 事故の発生
佐藤英逸は次の交通事故によつて頭部外傷、胸部挫傷、右第二、第三肋骨及び左第三ないし第七肋骨骨折、肺損傷、皮下気腫の傷害を負い、昭和四四年一〇月三日午前一〇時五〇分死亡した。
(一) 発生時 同日午前七時五〇分頃
(二) 発生地 山梨県塩山市三日市場三、二三四番地先国道一四〇号線上
(三) 被告車 普通貨物自動車(山梨四ほ五、三五六号)
運転者 岡重造
(四) 態様 佐藤英逸が自転車を操縦して進行中被告車に衝突された。
二 身分関係
原告佐藤め子は、佐藤英逸の妻であつた者、その余の原告らは同人の子であり、原告らは佐藤英逸の相続人全員であり、法定相続分により相続したものである。
三 責任原因
被告は、被告車を所有し、岡重造の雇主として、被告車を自己のため運行の用に供しているものであるから、自賠法三条による責任を負うものである。
四 損害
(一) 葬儀費用 二〇万円
原告佐藤め子は、佐藤英逸の死亡により葬儀を営み、多大の出費を強いられたが、とりあえず二〇万円を損害として請求する。
(二) 逸失利益の相続 合計一三三万八、一八五円(原告佐藤め子四四万六、〇六三円、その余の原告ら各一四万八、六八七円)
佐藤英逸は塩山市三日市場において果樹園を営み、毎年少くとも七〇万円の純益を得ていた。同人は死亡当時六八才の健康な男子であつたので、最低三年は就労可能であつたのであり、生活費として三割を控除し、年五分の中間利息をホフマン方式により控除すると、同人の逸失利益の現価は一三三万八、一九〇円となる。
よつて決定相続分により、原告佐藤め子は、三分の一に相当する四四万六、〇六三円(円未満切捨)、その余の原告らは各九分の一に相当する各一四万八、六八七円(円未満切捨)の損害賠償請求権を相続したものである。
尚、佐藤英逸は原告佐藤了吾の扶養家族であつた事実はない。原告作藤了吾は昭和三六年から昭和四七年八月まで塩山市の実家には居らず、塩山市では佐藤英逸が妻の原告佐藤め子と共に果樹園を営みながら居住していた。右果樹園の収益も佐藤英逸名儀で所得申告をしている。また佐藤英逸が依頼されて寺の留守番をしていたとの被告の主張は、同人等の住家が僧職をしている同人の兄名儀となつていることによる誤解に過ぎない。いずれも被告の主張は全く根拠のないものである。
(三) 慰藉料 合計五〇〇万円(原告佐藤め子二〇〇万円、その余の原告ら各五〇万円)
原告らの夫として、あるいは父として常に一家の支柱であつた佐藤英逸の急死により、原告らは計り知れない精神的苦痛を味わつた。
五 損害の填補
原告らは自賠責保険から三〇〇万円を請求受領し、原告佐藤め子は三分の一に相当する一〇〇万円、その余の原告において各九分の一に相当する各三三万三、三三三円(円未満切捨)の割合で前記各自の損害金に充当した。
六 結び
よつて被告に対し、原告佐藤め子は一六四万六、〇六三円、その余の原告らは各三一万五、三五四円宛及び各金員に対する事故の日の翌日である昭和四四年一〇月四日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(答弁)
一 請求の原因一の事実は認める。
二 請求の原因二の事実は不知。
三 請求の原因三の事実は認める。
四 請求の原因四の(一)(三)の事実は争う。
請求の原因四の(二)の事実中、逸失利益に関する事実は否認する。佐藤英逸は原告佐藤了吾の扶養家族であり、依頼されれば寺の留宅番等をしていた程度である。
五 請求の原因五の事実中原告らが自賠責保険から三〇〇万円を受領したことは認める、その余の事実は不知。
(免責の抗弁)
本件事故現場は車道幅員約九メートル、歩車道の区別なく、アスフアルト舗装、直線、交通量は人車ともに少い状況である。被告車も、佐藤英逸の操縦する自転車も、右現場を秩父方面から塩山方面へ、被告車は毎時約三五キロメートル位の速度で、自動進路車線の中央部分寄りを、右自転車は被告車に先行して道路左端を走行していた。すると、被告車より前方五ないし七メートルの地点で右自転車が何らの合図をすることなく、突然右折したため、直後を走行する被告車に接触し、佐藤英逸が路上に転倒して本件事故に至つたものである。
佐藤英逸は、道路左端を走行していたものであるが、自転車の後方五ないし七メートルの地点には被告車が走行していたから、右折するにあたつては、予め右折の合図をする等して後車との間隙を充分にとつたうえ右折すべき注意義務がある。しかるに同人は、被告車との間隙が五ないし七メートルしかないのに、右折の合図も怠り、急に右折して道路中央部分へ出ようとしたものであるから同人の過失は明白である。
被告車運転者岡重造は制限速度以下の約三五キロメートルで被告車を運転していたが、同人には、被告車の直前を走行する右自転車が法規に違反して何ら右折の合図をすることなく急に右折することまでをも予期して車両を運転すべき注意義務はない。即ち岡重造は、佐藤英逸が法規に従い自転車を操縦するであろうことを信頼して被告車を運転すれば足りるのであり、佐藤英逸が法規に違反した操縦行為に出るであろうことまでの予見義務はない。
被告には本件事故発生に因果づけられる被告車運行上の過失及び被告車の構造上の欠陥ないしは機能上の障害はいずれも存しない。
以上の次第であるから、被告は自賠法三条但書により免責される。
(免責の抗弁に対する原告の答弁)
右抗弁事実中、道路車道幅員が約九メートルであること、被告車の速度が毎時約三五キロメートルであつたこと、佐藤英逸の過失の存在、岡重造及び被告の過失の不存在の事実は否認する。本件事故現場は、車道幅員五・五メートルの見とおしのよい直線道路であり、現場に残されたスリツプ痕から判断すれば、被告車は少くとも時速五〇キロメートルを超える速度で進行していたことは明らかである。
岡重造は、見通しのよい直線道路であるにも拘らず、前方を自転車を操縦して走行する佐藤英逸の動静に対する注意を怠つた過失により、本件事故を惹起したものである。自動車運転者としては、自転車の側方を追越す際には、警笛を鳴らし自己の存在を知らせると共に、適度に減速し、あるいは自転車との間隔を十分にとる等の措置により事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものである。岡重造は右の予見義務並びに回避義務を尽していない。
よつて被告の免責の抗弁を争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生、責任原因
請求の原因一、三の事実は当事者間に争いがない。
してみると、被告は右事故時、被告車を自己のため運行の用に供していたものである。
二 免責、過失相殺の抗弁
右争いのない事実に、〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は牧丘町方向から塩山方向へ通じる前判示国道一四〇号線上であり、幅員約五・五メートル、歩車道の区別・センターライン共になく、平たん、乾燥したアスフアルト舗装道路であり、制限速度の指定はない。衝突地点は右道路の東端から約二・六メートル、右道路西端から約〇・六メートル西側にある電柱(井尻五、以下、基点という。)から約一四・三メートルの位置であつて、右道路のほぼ中央部分に位置する。被告車は衝突後、右道路西側の端をこわして停止した。基点から左車輪につき約一〇・二メートル、右車輪につき約一〇・八メートルの位置から右被告車の停止位置まで左車輪につき約一六・三メートル、右車輪につき約一六メートルの制動痕が残つた。被告車は、実況見分時の点検によるとハンドル、ブレーキ等の異常は認められなかつたが、当時、五〇キロのガスボンベ三本、一〇キロガスボンベ四本を積載しており、右事故により、左右の前部フエンダーを損傷した。佐藤英逸が操縦していた自転車は、婦人自転車で前輪泥よけが曲り、発電機がホークを押して内側におれてホークリームが曲つていた。右衝突地点道路の西側には松里果実農業協同組合の事務所があり、右衝突地点から約一〇〇ないし一五〇メートル牧丘町寄りの付近は、塩山市内方向へゆるい右カーブになつている。
(二) 佐藤英逸は自転車を操縦して右道路を牧丘町方向から塩山市内方向へ道路東端から約〇・七メートルの位置を直進してきて右事故現場に接近し、対向直進車が通過した後を右折しようと判断し、前記農協事務所方向へ、右折の合図もしないまま急に右折を開始したため、後方から進行してきた被告車が急制動と右転把の措置をとつたが及ばず、前記衝突地点で自転車の前輪に被告車の前部ウエンダー左側部分を衝突させて、本件事故に至つた。
(三) 岡重造は、被告車を運転し右道路を牧丘町方向から塩山市内方向へ進行し、前記ゆるい右カーブを時速約四〇キロメートルの速度で通過し直線に入つて進行中、前方道路左側を同方向に進行中の自転車を発見し、追越しを図るため時速約五〇キロメートルに加速して進行し、前記衝突現場付近では時速約五八キロメートル位の速度に達していたが、おりから対向直進してくる自動車にのみ気を奪われ、警音器を吹鳴したり、減速したり等することなく進行している間に、右自転車は右折を開始していて、被告車と右対向車とがすれちがつた時には既に、右自転車は被告車の前方制動距離の範囲内に入つていたため、岡重造は急制動と右転把の措置をとつたが及ばず前記事故に至つた。
(四) 以上の事実が認められ、右(二)(三)の認定事実の一部に反し、右対向直進車の存在を否定する〔証拠略〕は、同人の肯定する他の〔証拠略〕に照し措信し得ず、この点に関し〔証拠略〕の一部もまた採用し得ない。そして岡重造は自転車を始めて発見した時の、被告車と自転車との距離について種々の供述をしており、右(二)(三)に認定した以上の事実を認定するに足りる資料はない。
(五) そこで右事実に即し検討する。前方自転車を追い越そうとする自動車の運転者は、対向直進車がある場合には自転車において不用意に、対向直進車の後方を右折しようとすることはままあり得ることであるから、絶えず前方を注視し右自転車の進路を確認する外、適宜警音器を吹鳴して前方の自転車に後続自動車の接近していることを警告し、これを更に側面に避譲させる等して安全に通過し得るよう意を用いるとともに、道路状況によつては危険に備えて追い越しを一旦断念したり、十分減速して、右自転車が万一自動車の進路に近づく気配を認めた場合には直ちにこれに対応できるよう万全の措置をとるべき義務があるものと解すべきところ、被告車運転者岡重造は、対向直進車の動静にのみ気を奪われ、対向直進車とすれ違つた時には既に自転車は右折を開始していたものであつて、岡重造は前方自転車の動静に対する注意を欠いたまま、警音器を吹鳴したり減速したりすることなく漫然と時速約五八キロメートルの速度で対向車とすれ違うと共に追い越しを敢行したものであつて、前判示自動車運転者としての注意義務を欠いた過失が認められる。
してみるとその余の点について判断するまでもなく、被告の免責の抗弁は理由がない。しかしながら、佐藤英逸においても後続自動車の接近に注意を払うことなく右折の合図もしないで不用意に右折横断を開始した不注意が認められので、賠償額の算定に当り、右不注意を斟酌し三割の過失相殺をするのが相当である。
尚被告の免責の主張が過失相殺の主張を含むと理解すべきことはもとよりである。
三 損害
(一) 葬儀費用 二〇万円
〔証拠略〕によると、原告佐藤め子は佐藤英逸の死亡により葬儀を執り行つたことが認められ、その費用として二〇万円を要したと推認される。
(二) 逸失利益の相続 原告佐藤め子四三万六、四三〇円、その余の原告ら各一四万五、四七六円宛。
〔証拠略〕によると、佐藤英逸は明治三四年一月一〇日生(事故当時六八才)の健康な男子で、二、八〇七平方メートルの土地を所有して、内五九五・〇四平方メートルを自家用野菜畑として耕作し、残りを果樹畑として利用し、妻である原告佐藤め子と共に、ブドウ、桃、梅、すもも等を育成して果樹園を営み、時には他の農家の手伝いに出ることもあつたこと、果樹園としては年間一〇〇万円近くの売上げがあり、市場口銭、運賃、部費、組合費、資材代金、肥料代、人夫手間賃等の諸経費固定資本の寄与度並びに佐藤め子の労働寄与分をも含め、四〇パーセントを控除し、六〇万円の純年収を得る労働能力を有していたものと認められ、生活費として五割を控除し、平均余命の範囲内において五年間(ホフマン係数四・三六四三)分、合計一三〇万九、二九〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められ、右認定に反する、佐藤英逸は原告佐藤了吾の扶養家族であるとか、寺の留守番であつた程度に過ぎない旨の被告の主張に副う証拠は全くないし、他に右認定判断と異なり、佐藤英逸の労働能力を別異に評価すべき資料はない。
そして〔証拠略〕によると請求の原因二の事実が認められ、これに反する証拠はない。
してみると原告佐藤め子は右のうち三分の一に相当する四三万六、四三〇円、その余の原告らは各九分の一に相当する各一四万五、四七六円(円未満切捨)の各損害賠償請求権を相続したものである。
(三) 慰藉料
前判示事故の態様、原告らは弁護士費用の請求をしておらず、〔証拠略〕によると、原告らが別訴において弁護士費用を請求する(その請求の適否は問題がある)とも認められないこと、その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情に照すと原告らの固有の慰藉料としては、原告佐藤め子二〇〇万、その余の原告ら各五〇万円とするのが相当である。
(四) 賠償額
そうすると、原告佐藤め子の損害の合計は二六三万六、四三〇円となるが、前記佐藤英逸の前記不注意を斟酌しこの内ほぼ七割に相当する一八四万五、五〇一円が同人の取得すべき金額であるが、同人は自賠責保険から一〇〇万円を填補していることは原告らの自陳するところであるからこれを控除すると八四万五、五〇一円となる。その余の原告らの損害の合計は六四万五、四七六円となるが、佐藤英逸の前記不注意を斟酌し、この内ほぼ七割に相当する四五万一、八三三円宛が同人らの取得すべき金額であるが、同人らは自賠責保険から各三三万三、三三四円(円未満切上げ)宛を填補していることは原告らの自陳するところであるからこれを控除すると一一万八、四九九円宛となる。
四 結論
以上の次第であるから原告らの本訴請求は、被告に対し、原告佐藤め子は八四万五、五〇一円、その余の原告らは一一万八、四九九円宛及び各金員に対する事故後である昭和四四年一〇月四日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮良允通)